『人よ、花よ』今村翔吾:父の英雄譚と息子の葛藤を描く歴史小説

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最近読んだ本の中で、お勧めの小説を紹介したいと思います。
それが今村翔吾さんの歴史小説『人よ、花よ』。

舞台は南北朝時代。鎌倉幕府が滅んだ後、足利尊氏による室町幕府が成立し、南朝と北朝が激しく対立していた転換期です。そんな乱世の中、南朝に味方した武将として有名なのが楠木正成。そして、その息子・楠木正行(まさつら)がこの物語の主人公です。

物語で印象的だったのは「桜井の別れ」。父・正成が出陣前に幼い正行へ託したのは「父の意思を継げ」ではなく、「お前は自分の思うように生きよ」という言葉でした。英雄とされる父からの意外とも言える別れの言葉が、この物語のテーマの一つになっていると思いました。

やがて正成は戦で命を落とし、世間は彼を「南朝の大英雄」として祀り上げます。すると今度は、その息子である正行に「父の無念を晴らせ」「父の意思を継げ」という勝手な期待が降りかかってくる。南朝もまた、北朝との戦いを有利に進めるために正成の英雄譚を利用し、息子の正行を“後継者”として担ぎ上げようとするのです。

正行自身はその風潮に強い危うさを感じていました。本当の父が「世間の都合」で英雄像に塗り替えられていく。血を分けた身内さえもその噂に引きずられてしまう。そんな現実に警戒しながらも、彼は自分自身の意思で生きようとします。つまり「父の戦争を継ぐ」のではなく、「自分の戦争を終わらせたい」という思いで戦場に立つのです。

もちろん物語には数々の戦いが描かれます。寡兵で大軍に挑み、戦術で勝利を収める場面には胸が熱くなるし、仲間や民のために駆けつける正行の姿からは、人としての優しさと強さを感じます。後村上天皇との友情や、茅乃との掛け合いなど、戦の合間に見える人間関係の温かさも心に残りました。

ただ、戦乱の世に生きる者の宿命は非情です。南朝の思惑に翻弄され、最後の決戦に向かう正行の姿は、儚さと覚悟が入り混じるもの。読み進めながら「もし彼が望んだように戦のない日々を生きられたら」と願わずにはいられませんでした。

この小説の魅力は、単なる歴史物語に留まらず「人がどう生きるか」という普遍的なテーマに迫っているところだと思います。父の英雄譚に縛られそうになりながらも、自分の意思で選択しようとする正行の姿は、時代を超えて共感できるはずです。

私自身、この時代を描いた小説は初めて読みましたが、とても面白く、少しボリュームはありますが、飽きることもなく最後まで一気読みでした。歴史小説が好きな方はもちろん、これまで幕末や戦後の物語しか読んでいなかった方にもおすすめしたい作品です。重厚さと人間ドラマがうまく絡み合い、きっと新しい歴史小説の魅力に触れられるはずです。

まとめると、『人よ、花よ』は「父を継ぐ」物語ではなく、「父を越えて自分の生き方を選ぶ」物語。英雄の息子としての宿命と、それに抗う一人の人間としての姿を描いた名作です。歴史好きの方も、心揺さぶられる人間ドラマを読みたい方も、ぜひ手に取ってみてください。

やっぱり小説って本当に様々なジャンルがあって、新しい世界を魅せてくれる。最高です!次は何を読もうかな。

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